院長プロフィール

院長プロフィール

はじめまして。院長の岩田浩一です。

治療院の先生方の開院した理由というのは、こういったものが多いのではないでしょうか。

自分が痛みで苦しんでいた時に治してもらった。同じ悩みを抱えている人たちを救ってあげたい。

このような立派な理由が多いのですが、ぼくの場合は単に「うつ病になって会社では働けなくなったから」なんです。

うつ病になったことで、会社へ行けなくなってしまい、それまでしていた仕事ができなくなったのです。

ストレスに弱く、無理をすることもできない。自分自身の病気とも上手く付き合わなければならない。となると、自分のペースで仕事をするには独立開業するしかない。

まさに「流されるまま」。たまたま大学時代の友人を通じて、鍼灸師を目指している方と知り合ったことがきっかけで、この世界に入ってきました。

でも、「しょうがなく仕事をしている」という気持ちは全くないです。むしろ、うつ病になったおかげで、素晴らしい仕事に、めぐり逢えたと今では感謝しています。

院長プロフィール

氏名
岩田 浩一(いわた ひろかず)

出身地
愛知県一宮市

居住地
愛知県一宮市

生年月日
1975年(昭和50年)4月14日 42歳

資格・所属
厚生労働大臣認定国家資格
鍼灸あん摩マッサージ指圧師免許

日本自律神経研究会認定 自律神経失調症・うつ病対策アドバンス・プラクティショナー

日本DRT協会認定 マスター・インストラクター

プレミアム・ヒーリングセミナー認定講師

真体療法(3年目研修修了)

BRM療法(ベーシック修了)

日本自律神経研究会会員
日本DRT協会会員

好きなスポーツ
プロ野球・ラグビー・箱根駅伝

家族構成
妻・長男(6歳 小学1年生)・長女(4歳 保育園年中)

血液型
AB型

好きな言葉
ついてる・今日は、いい日だ・愛と光と忍耐・ありがとう・感謝します

施術説明での一コマ

経歴

昭和50年4月14日
愛知県一宮市に誕生。7歳年上の姉と二人兄弟。

平成6年4月
地元の滝高校を卒業後、早稲田大学第一文学部へ進学。体育局応援部に所属し、吹奏楽団でパーカッションを担当。

平成10年11月
商社勤務のさなか、自律神経失調症を悪化させて、うつ病を発症。入社半年で退職後、自分のペースで仕事をするため、将来、独立開業できる鍼灸マッサージ師を目指す。

平成14年3月
日本鍼灸理療専門学校を卒業。在学中より、東京都江戸川区の鍼灸整体院にて修業。3年間で、のべ1万人の臨床経験を積む。

平成16年4月
故郷である愛知県一宮市の実家にて開院。

平成18年9月
実家近くの現在の場所に自宅兼店舗を新築して移転。

平成19年1月
重度のうつ病を再発し、1ヶ月の入院生活を送ったことがきっかけで、今までの治療家生活を見つめ直す。その後、自律神経失調症・うつ病の治療をライフワークとする。

平成25年4月
整体療法を軸にした施術スタイルを確立。
開院10年目を迎えたタイミングで、屋号を「向陽鍼灸院」から「向陽整体院」へ改称する。

現在
おかげさまで、開院14年目に入り、毎日、楽しく学びながら、施術をさせていただいています。

ぼくが開院した理由

これまで、いろんな紆余曲折がありました。今までの当院の歴史を振り返ってみましたので、もし良かったら、ご覧ください。

誕生~大学時代

誕生~大学時代

1975年4月14日
岩田家の長男として生まれる。

7歳年上の姉との二人兄弟で、待望の男の子でした。当時、母は父の仕事を手伝っていたので、幼少期は祖母に世話をしてもらうことが多かったです。

習い事はスイミング、習字、ピアノ、エレクトーン、剣道、少年野球などを経験し、勉強も好きな方だったと思います。

小学生の時、給食が苦手で(給食を残すことが許されなかったため、午後の授業も受けられず、いじめにあっていました)、お昼が弁当だった地元の私立中学を受験。無事に合格しました。

中高一貫の進学校で、中学では野球部、高校ではブラスバンド部に所属し、友人に囲まれながら、充実した6年間を送りました。

どうしても行きたいと望んでいた早稲田大学にも現役合格を果たし、体育局応援部(吹奏楽団)での活動を満喫しながら、総合商社への内定も勝ち取りました。

『人生ちょろいもんだな。世界を股にかけるビジネスマンになってやるぜ!』

かなり思い上がっていましたね(^^; 無理もありません。全てが思い通りに進んでいたのだから。

栄光から一転、うつ病に

栄光から一転、うつ病に

てんぐになっていたバチが当たったのでしょうか。

入社後、過労と人間関係のストレスから仕事のミスが重なり、自律神経失調症を発症してしまいました。

治す間もなく、うつ病にまで悪化して、メンタルクリニックへ通院し、薬を服用し始めました。

2週間くらいで、一旦は楽になったのですが、薬の効果は長くは続きませんでした。

先生に相談したところ、「薬を強いものに変えるか、増やすかだ」と。背筋がゾクッとしました。

そして、離脱症状を覚悟の上で、薬の服用をやめました。

おかげで、これ以上の悪化は防げたのですが、うつ状態は回復することもなく、結局、入社半年で会社を退職。

将来、独立開業して、自分のペースで仕事をするため、うつ病と上手く付き合っていくために、鍼灸マッサージ師を志しました。

翌年の春、東京・渋谷の鍼灸専門学校へ入学。

ここで3年間、アルバイトを掛け持ちしながら夜間部に通い、解剖学、生理学、中医学などの座学をはじめ、鍼灸マッサージの手技を学びました。

縁あって出逢った鍼灸の師匠に支えられながら、なんとか学校を卒業し、国家試験にも無事に合格。独立開業に向けて、新たなスタートを切ることになります。

鍼灸修業

鍼灸修業

専門学校生の時に出逢った鍼灸の師匠は、1日に一人で50人くらいの患者さんを診る、すごい先生でした。

その先生に付いて学べば、同じくらいまでとはいかなくても、半分くらいにでもなれれば十分に生活はしていける。

そう考えて、うつに苦しみながらも、修業生活を乗り切りました。

資格取得後の3年間、しっかり学び、これで大丈夫と帰郷。

平成16年に地元の愛知県一宮市の実家にて開院しました。

開業できたが全く食えない

開業できたが全く食えない

それなりに自信があっての開業でしたが、やってみてビックリ。全くダメでした。

「治らない」
「治せない」

そんなストレスに悩まされ続けた開院から3年目に、それは訪れました。今までで一番ひどかった、うつ病の再発です。

施術が手に付かなくなった私は、パニック状態に陥りました。

仕事もできなくなり、近所の心療内科へ駆け込んで、先生と相談した結果、環境を変えるために、転地療養となりました。

院のシャッターを閉めた時、『もうダメなのかも』と思ったのを、今でも、よく覚えています。

1ヶ月の入院後、十分な休養により、ある程度の回復を果たした私は『さて、これからどうしよう』と考えていました。

そもそも最初の考えが間違っていた

そもそも最初の考えが間違っていた

すごい先生の所で学んでいた時は、このツボに、こう鍼をして、こうやって、お灸をする。そうすれば、この症状は良くなっていくんだと

やり方さえ真似すれば治ると勘違いしていたのです。

独立開業してから、全く実績が伴わないことが続き、うつの再発による入院をきっかけにして、初めて自分を、自分のやってきたことを振り返りました。

そして、やっと気が付きました。患者さんのことを思いやって行動していない、ということを。

すごい先生に弟子入りをお願いした理由が、この先生の技術を身に着ければ、同じように稼げるのではないかと思っていたこと。

よくよく考えると、もう、この時点で間違っています。

しかも、その先生から教わった技を、そのまま試行錯誤することもなく、ただ患者さんに施術していた。

教えられた通りにやっているのだから間違いない。だって、それで先生は治しているのだから。それで治療院に患者さんは一杯なんだから、と。

開業してから、うつを再発するまでの3年間。正直、自分のしている施術が本当に価値があるのか確信できませんでした。

そんな施術を続けていくことは、はっきり言って、患者さんに対しての裏切り行為です。だから、治るはずがないし、繁盛するはずがない。

この道に入ってから9年経って、ようやく、そういった当たり前のことに気が付いたのでした。

うつ病患者である自分が受けたい治療

うつ病患者である自分が受けたい治療

やり方を変えよう。本当に患者さんのためになる施術をしよう。周りから必要とされる人間になろう。

そう決めました。

しかし、そうは言っても、これまで、ずっと鍼灸マッサージのことしか勉強していません。その頃は、他に何も浮かばない状態だったのです。

今までのやり方では、何も変わりません。現状を変えるために、新しい手法を学ばなければなりませんが、一体、何を学んだらいいのか、一向に良い案が出てきません。

そこで、自分が患者さんの立場になって考えてみました。

うつ病患者である自分が、どんな施術を受けたいのかを徹底的に考えました。鍼灸・整体・カイロプラクティックなど、実際に全国の治療院へ施術を受けにも行きました。

そんな経験を積み重ねるうちに、少しずつ、自分が受けたい、自分がやりたい施術というものが見えてきたのです。

さまざまな師匠との出逢い

さまざまな師匠との出逢い

この世界に入ったきっかけは鍼灸マッサージでしたが、今ではカイロプラクティックへと変わっていきました。

生活習慣の修正を重視した整体法
手を添えるだけで骨のゆがみを整える整体法
その場で骨格・神経・筋肉をバランス良く整える整体法
背骨を揺らすだけで治癒力を高められるカイロプラクティック

現在までに、さまざまな手技療法を学び続けてきました。

講師の先生方は「〇〇を治す技術」などという小手先のテクニックを教えているのではありません。

共通していたのは、「良くなるためには何をどうしたらいいのか」という根源的な手法を教えているということでした。

そのおかげで、自分の手の感覚も、ずいぶんと鋭くなってきました。

私たち手技療法家は、レントゲンやMRIなどの医療機器は使えません。そのため、自らの手で骨のゆがみやズレを感じ取る必要があります。

少し考えてみれば分かることなのですが、このようにして手の感覚を磨くことに集中する治療家の先生は、実は、ごく少数なのです。

カリスマと呼ばれる技術を持っている先生方は、必ず、こうした手の感覚が素晴らしいわけです。

ですが、ぼくはフツーの治療家です。なので、まずは基本中の基本である、この手の感覚を磨き続けて、最良の施術ができるようになることが大切だったのです。

ご縁をいただいて、数人の師匠に、めぐり逢ってきたことに、ぼくは、どれだけ助けられたでしょうか。

それからは、自分の施術に自信を持って取り組めるようになり、患者さんにも、痛み・不快な症状が改善されたと喜んでもらえるようになってきました。

絶対に曲げられない治療哲学

絶対に曲げられない治療哲学

深く学び続けていけば、それだけ専門的なことに詳しくなりますが、それに合わせて、自分の中では、それが「常識」になっていきます。

自分の「常識」は、他人の「非常識」というわけです。

専門家である治療家が、どれだけ丁寧に説明しても、一般人には、さっぱり分からないというのは、よくあることです。

今のぼくには、絶対に曲げられない治療哲学があります。それは「伝えるべきことを、正しいタイミングで伝える」ということ。

どれだけ学んでも、どれだけ専門のことに詳しくなっても、いつでも患者さんの立場になって考える。

質問に対して、ちゃんと理解できる回答ができているか?施術や生活習慣に関しての説明不足で、不安にさせていないか?

常に最善を尽くしてはいますが、完璧なわけではありませんし、現場では、できていない点も沢山あると思います。

ですが、「自分が患者なら、こんな先生に施術してもらいたい」

その「こんな先生」になれるように、日々思考して、行動して、施術をしています。

今、あなたは元気ですか!?

今、あなたは元気ですか!?

今から9年前に、うつ病を再発して1ヶ月入院して以来、ぼくは、うつを再発していません。

この11年間に渡った、うつ病の経験で、ぼくが感じたことは、やはり、ストレスを溜めこむのは良くない。

寝不足は良くない。頑張りすぎるのは良くないという、言ってみれば当たり前のことでした。

うつ病だけでなく、症状というものは風邪と同じで、悪い条件がそろった瞬間に発症して、その悪条件が改善されないと、ますます進行していきます。

逆を言えば、当たり前の生活習慣が身に着いていれば、健康な生活を送ることができます。

完治=あなたにできる最大の良い姿勢の安定です。

「良い姿勢をキープする」ためのメンテナンスには自信があります。困っている方は、ぜひ一度、ご相談ください。

この仕事を目指した当初は、はっきり言って、理想も使命も何もありませんでした。ただ、なんとか生きていければいいと思っていました。

ですが、今は違います。

ぼくが自律神経失調症や、うつ病を経験したのは・・・

薬や注射や他の適切でない療法で改善することができない、多くの痛みや不快感に苦しんでいる人たちを救うためだったんだと確信しています。

ぼくなら、その気持ちが理解できる。
だから、ぼくがやらなければと思っています。

ここまで、お読みいただき、ありがとうございました

ここまで、お読みいただき、ありがとうございました

 

最後に、ぼくが一番大好きな詩を載せておきます。アントニオ猪木さんの口上で有名な一節ですが、清沢哲夫さんという方の作品『無常断章』の『道』がオリジナルのようです。

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『道』

この道を行けば、どうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし

踏み出せば
その一足が道となり
その一足が道となる

迷わず行けよ
行けば分かるさ

自己紹介「ぼくは〇〇」です

ぼくは、鍼灸マッサージ師(国家資格保持者)であり、カイロプラクターでもあります。

ぼくは、自律神経失調症の治療が一番得意です。

ぼくは、愛知県の一宮市で開院しています。

ぼくは、自宅の1階の半分を治療院にしています。

ぼくは、毎朝、治療院の前を掃除しています。

ぼくは、週に2日、筋トレをしています。

ぼくは、首・肩・腰の痛みがありましたが、整体の治療と姿勢の予防、そして食生活を改善して、今は元気です!

ぼくは、うつ病になったことがきっかけで、治療家の道を進むことになりました。

ぼくは、東京の渋谷にある専門学校で勉強をして、資格を取りました。

ぼくは、師匠の鍼灸院で3年間修業しました。

ぼくは、平成21年10月に、お見合い結婚しました。

ぼくは、新婚旅行でスペインに行きました。

ぼくは、平成16年4月に一宮市で独立開業しました。

ぼくは、7つ年上の姉がいます。

ぼくは、お酒が好きですが、あまり強くはありません。

ぼくは、ラーメンと寿司と生ビールと赤ワインが好きです。

ぼくは、食べ物でグリンピースが一番苦手です。

ぼくは、パソコンが不慣れです。

ぼくは、仕事が大好きです。

ぼくは、小・中学校時代は野球、高校・大学時代は吹奏楽をやっていました。

ぼくは、トライアスロンの宮古島大会で、水泳3km、自転車155km、マラソン42.195kmを12時間半かけて完走しました。

ぼくは、大学時代、吹奏楽コンクールの予選で金賞を取りました。

ぼくは、高校時代、日本史が得意でした。

ぼくは、大学では、フランス文学を専攻していました。

ぼくは、小・中・高の12年間を皆勤しました。

ぼくは、マンガが好きです。

ぼくは、タバコを吸いません。

ぼくは、コーヒーが好きです。

ぼくは、ラーメンの食べ歩きが好きです。

ぼくは、昼寝が好きです。

ぼくは、一宮生まれの一宮育ちです。

ぼくは、19歳から29歳までの10年間を東京で過ごしました。

ぼくは、田舎暮らしが好きです。

ぼくは、モスバーガーとドトールコーヒーでアルバイトをしていました。

ぼくは、工事現場で資材を運ぶアルバイトをしていました。

ぼくは、カラオケが好きです。

ぼくは、実家で犬を飼っていました(子育てが落ち着いたら、また飼いたいです)。

ぼくは、料理が意外と上手です。

ぼくは、テレビにアップで映ったことがあります。

ぼくは、5年間で、体重が35kgも上下動しました。

ぼくは、携帯電話と眼鏡を肌身離さず持っています。

ぼくは、結婚してからオシャレになりました。

ぼくは、父親も自営で、繊維業を営んでいます。

ぼくは、1年足らずで商社マンを辞めました。

ぼくは、31歳の時に、蜂巣炎にかかって1ヶ月入院しました。

ぼくは、ここぞという時には、コンタクトレンズを付けます(笑)

ぼくは、寒がりです。

ぼくは、スポーツ観戦が好きです。

ぼくは、通勤・満員電車が嫌いです。

ぼくは、直毛のため、いつもヘアースタイルに悩んでいます。

ぼくは、歯医者さんが苦手です。

ぼくは、家族の幸せを、一番に願っています。